よみもの

大切なものは、目に見えない

人の暮らす部屋 vol.15
2023.10.26

1LDK/42.75㎡/築35年/最寄り駅から徒歩9分
30代/男性/お1人暮らし

都内でも大人気の三軒茶屋エリア。
メインストリートから一歩脇に入れば途端に閑静な住宅街が広がる、住みやすい街だ。
その一角に佇む築35年のマンションの一室を、リノベ百貨店がフルリノベーション。
元の2LDKから広々とした1LDKに生まれ変わった部屋へ、約1年前に引っ越してきた中久木 八幡太郎さんに、お話を伺った。

●引っ越しは、直感に導かれて

IT企業「株式会社mutes(ミューツ)」を立ち上げ、代表取締役CEOを務められている中久木さん。
事業内容は、Web制作やアプリ開発、システム開発をはじめコンサルティング、出版事業、自社プロダクトである終活プラットフォーム「HAPPiiEND」の提供など多岐に渡る。

昨夏引っ越しを決意したきっかけは、ずばり「直感」だ。
当時は祐天寺エリアに住んでいたが、思い立ったが吉日。
占いや風水が好きなことから、吉方位は「北」と心得た。
そこで祐天寺より北方のエリアであること、加えて自身の名前にちなんで「八幡」が付く、所縁のある地名を検索。
さらに、普通の物件とはひと味違うデザイナーズマンションを探したところ、たまたま近くに「太子堂八幡神社」があるこの物件を、リノベ百貨店で見つけることができた。

なんと幸運な巡り合わせだろう。
方位、名前の所縁、デザインにまつわる希望の掛け合わせが、見事に叶ったのだ。

●自宅兼仕事場だが、家ではもっぱらリラックス

部屋の一角、明るい窓際に、仕事場を設けている。
デスクは、目黒通りにあるお気に入りの家具屋「M&M」でオーダーしたものだ。
重厚感のある黒い鉄の天板にナチュラルな無垢の木材の脚の組み合わせが潔い。
デスクが2台横に並んでいる、右側は、時々ここを訪れる仕事のパートナー用。

立派な仕事場だが、ご自身は基本的に平日の日中、自宅の他に借りている近場のコワーキングスペースを利用し、仕事をしている。
ずっと家にいるばかりでは変化がないため、コワーキングスペースへ出向くことで変化をつけ、仕事のスイッチを入れるのだそう。

結果、家ではもっぱらリラックス。
ダラダラできる魅力に満ちている。

●この部屋のために最初に買った家具

この部屋に引っ越してきてまず最初に買ったのがこの、焚火を模したオブジェだ。
電源を入れると明かりが灯り、わずかにパチパチと薪のはぜる音が聞こえてくる。
音は、薄く細長い金属片を束ねたハタキのような部品が回転して金属と弾き合う仕組みで、本物の火と音ではなくとも目と耳に温かく、見入り聞き入り、癒される。

空間に漂うのは、スペイン語で「聖なる木」と言われる南米産の香木「パロサント(Palo Santo)」の香り。
古来より空間を浄化し幸運を呼び込むとされてきた、清々しさと芳醇さを併せ持つほのかな香りが心地よい。

●世界の楽器コレクション

中久木さんは元々、バンドでベーシストを務めるミュージシャン。
野外フェスや、ブルーノート東京での演奏経験も。
音楽、そして楽器とは、切っても切れない関係だ。

壁沿いの棚には、アーティスト・GoRoさんがひょうたんを使って作られたベースカリンバやシェーカー、ネパールの太鼓、モロッコのベース、タイのレインスティック(傾けると雨が降っているような音が鳴る筒状の楽器)、アフリカのハープ、ネパールのシンギングボウル(スティックで縁を叩いたり擦ったりすると神秘的な音が鳴る金属製の器)など、世界を旅して出会った楽器がコレクションされている。

いずれも中久木さんご自身が演奏して楽しまれているほか、先日はある世界的な音楽プロデューサーが鑑賞しに訪ねてきたという。
この部屋は、貴重な楽器の私設ミュージアムとしても熱い空間になっているのだ。

●ミックススタイルによる唯一無二の世界観

左奥の壁沿いにあるイギリス製の王室風キャビネットは、1920年代のアンティーク。
右手前にあるローテーブルはアメリカ製で、1950年代のミッドセンチュリーモダン。
アジア・アフリカ各国の民族楽器が並び、壁面上部には日本の江戸時代の浮世絵が。

作られた国も時代もテイストもかなり幅広い、たくさんの物がミックスされている。
が、ごちゃごちゃした印象はなく、ブレずに統一された唯一無二の世界観が絶妙だ。

中久木さんいわく「色んな国の物を入れるのがテーマなんです。そして、これら全てをつなげ、まとめてくれているのが、床」だという。
確かに、温もりと味わいのある無垢フローリングによって地つながりとなった全ての要素が、居心地よさそうに、和やかに鎮座している。

●天井からのディスプレイも楽しく

天井のダクトレールから、照明器具と共にフェイクグリーンやドライフラワー、スピーカーが吊るされている、リズミカルなディスプレイが楽しい。

奥にあるアートや楽器をこのディスプレイ越しに眺めても、絵になる風景だ。
壁面の窪みのごく淡いミントグリーンの壁紙も、爽やかに効いている。

コンサートや設備音響のプロオーディオ・ブランド「Taguchi(タグチ)」による全方向型六面体ペンダントスピーカーが、空間の中核を担っていた。

●くつろぎのソファスペース

座面の低さとアームの幅広さが特徴的でゆったりとした落ち着きが感じられる、味と貫禄のあるレザーソファ。
ドラマ「ロングバケーション」の主人公、瀬名と南が暮らした部屋で使われていた物と同じ型と伺い、驚いた。
背面に掛けた布やクッション使いに中久木さんならではのセンスが光り、ドラマの際とは違う新鮮な雰囲気だ。

●料理が好き、塩が好き

毎日コーヒーを淹れるほか、料理もするし、塩が好き。
色々な地方やメーカーの塩を集め試しているほかにも調味料やスパイス、出汁にこだわり、カレーなどを作る。
いい調味料を使うと味が各段に変わる、実感が嬉しい。

キッチンの使い心地は、「めっちゃいい!」とのこと。
大切に使いこなしていらっしゃる様子が伝わってきた。

●「人生、“たまたま”」

IT企業を立ち上げたのは、“たまたま”それが自分にできることだったから。
この部屋に引っ越してきたのは、検索して、“たまたま”見つけられたから。

そしてこれまでの人生を振り返れば、“たまたま”同じ地域に生まれたから、“たまたま”同じ学校だったから、“たまたま”同じ会社だったから出会った、多くの人たちがいる。
それら一見当たり前の、“たまたま”の出会いを、当たり前だと思わないこと。
“たまたま”出会った人との縁を、大事にすること。
そうしてずっと、繋がってきているのだという。

取材終わりに頂いた、株式会社mutesのステッカーには "―THE CORE REVEALED BY INVISIBLES-" という言葉が。

“大切なものは、目に見えない”

素敵な人や物件と巡り会い続ける“たまたま”のご縁、生きる空間を満たす豊かな音楽、神聖な空気と香り ―― 目に見えない大切なものに心を開き、心を尽くされている中久木さんの暮らしからは、温かくポジティブな活力が伝わってきた。


写真・文:速水真理(合同会社すいと)

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